050 和歌山県 神倉神社のゴトビキ岩

【Introduction of Iwakura 50】


□分類:磐座(狭義の磐座)

□信仰状況:神社に祭祀されている 

□岩石の形状:巨岩組

□備考:


□住所:和歌山県新宮市神倉

□緯度経度:33°43'19.941"N 135°58'57.680"E

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記念のIntroduction of Iwakura 50回目は、ゴトビキ岩です。最も人気の高い磐座だと思います。

ガマガエルを意味するゴトビキ岩は、神倉神社の御神体です。

熊野には、熊野夫須美大神を祀る那智勝浦町の熊野那智大社、家都美御子大神を祀る田辺市の熊野本宮大社、熊野速玉大神を祀る新宮市の熊野速玉大社の熊野三山が鎮座しています。熊野那智大社の社伝によると、神武天皇が丹敷浦に上陸し、那智の滝を見つけて大己貴神の御神体として祀ったのを起源としていますが、神武天皇以前の滝信仰が原点であることは確かでしょう。また、熊野本宮大社は、近くの川の中州の大斎原に建てられたのを起源としていますので、熊野川を御神体とした信仰であったと考えられます。

そして、熊野速玉大社ですが、日本書紀に神武天皇が神邑に上陸して天磐盾に登ったと書かれており、天磐盾がこのゴトビキ岩と考えられます。したがって、現在、ゴトビキ岩の神倉神社は熊野速玉大社の摂社となっていますが、元々はこの地方の信仰の中心はゴトビキ岩であったのです。つまり、熊野三神が鎮座する前は、それぞれ滝、川、岩を祀る原始信仰の地であったと考えられます。

ちなみに、神武天皇は、この熊野から大和に攻める途中で、高倉下から国平らげの剣である「ふつのみたま」を授けられ、八咫烏を道案内とすることで勝利します。神倉神社の御祭神は、この高倉下となっています。

ゴトビキ岩へ登る538段の階段は、きつい角度で立ち塞がりますが、御燈祭りでは2000人の「上り子」が松明を待って駆け下ります。これは神の降臨の様子を再現しているのではないかと考えます。

ゴトビキ岩は、熊野三神が鎮座する前の原始信仰を今に残す磐座です。

 

 

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