【Introduction of Iwakura 76】
□分類:磐座(狭義の磐座)
□信仰状況:神社に祭祀されている
□岩石の形状:巨岩単体 メンヒル(立石)
□備考:陰陽石の性質も持っている、周辺に対となる陰岩
□住所: 京都府京都市山科区大宅
□緯度経度:34°58’10.47”N 135°49’50.77”E
(googleに入力すれば場所が表示されます)
京都市山科区に岩屋神社は、延喜式に記載されている山科神社の論社の一つです。また、『山科家礼記』(1491)には、山科家から心経を下した先として「東岩屋・西岩屋・新宮八幡両方、上岩屋・カノ辻、三宮、諸羽」と書かれてあり、山科に東岩屋・西岩屋・上岩屋の三つの岩屋神社があったことがわかります。この中で、上岩屋の場所については諸説ありますが、西岩屋は現在の山科神社です。そして東岩屋が大宅に鎮座する岩屋神社です。神社の東の山を400メートル登ると、陽岩と陰岩が祀られています。陽岩は、その名が示すとおりの聳え立つ男根で、陰岩は岩が割れた部分があり女陰に見立てられています。江戸時代の本殿鬼板によれば、仁徳天皇31年(343年)に、この2つの岩を「石座」とする信仰が始まったことになっています。そして、寛平年間(889~897年)に、大宅氏が陽岩に天忍穂耳命、陰岩に栲幡千々姫命、岩前の祠に饒速日命を祀ったようです。岩石を祀るという自然崇拝から始まり、後世に人格神が祀られました。そして神社の御祭神もこの三柱となっています。筆者の持論である、岩石の自然崇拝から人格神が登場し神社神道へと変遷していく良い例です(『イワクラ学初級編(2016)』)。
最初に「石座」として祀られたことから「磐座」に分類しましたが、陰陽石の性質も持っています。
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『イワクラ学初級編』より抜粋しています。